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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)172号 判決

大阪府八尾市南木の本2丁目46番地

原告

キンシ化学工業株式会社

代表者代表取締役

越山太郎

訴訟代理人弁理士

井沢洵

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

日比野香

森本敬司

土屋良弘

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成1年審判第13995号事件について、平成6年5月20日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年3月26日、意匠に係る物品を「物干し器」とする別添審決書写し別紙第一表示のとおりの意匠(以下「本願意匠」という。)について意匠登録出願(意願昭61-10979号)をしたが、平成元年5月30日に拒絶査定を受けたので、同年8月23日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成1年審判第13995号事件として審理したうえ、平成6年5月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年6月15日、原告に送達された。

2  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、同審決書写し別紙第二表示のとおりの、本出願前に財団法人生活用品センターにおいて公知となった資料番号4799号(昭和60年9月2日受付、株式会社久宝プラスチック製作所作成。昭和61年4月11日特許庁意匠課資料係受入)の写真版に現されたハンガーを除いた、「物干し器」に係る意匠(以下「引用意匠」という。)を引用し、本願意匠は、出願前に頒布された刊行物に記載された引用意匠に類似し、意匠法3条1項3号に該当するものであるから、意匠登録の要件を具備せず、意匠登録を受けることができない、と判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願意匠及び引用意匠についての記載、本願意匠と引用意匠の共通点及び差異点の認定は認めるが、差異点についての判断は争う。

審決は、本願意匠と引用意匠の共通点、差異点を総合して検討するにあたって、差異点の判断を誤り、その結果、本願意匠が引用意匠に類似していると誤って判断したものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  本願意匠と引用意匠の共通点についての審決の認定

審決は、本願意匠と引用意匠との共通点を以下のとおり認定している。

(1)  両意匠に係る物品が洗濯物を干す物干し器である点で共通している。

(2)  両意匠の全体の基本的な形態が、下方に三方に開く脚柱を設けた一本の垂直な主柱の上端部と中央部の二箇所を基部として各水平の支柱(枝状部)を設けて二段状の物干し部を形成している点で共通している。

(3)  両意匠の具体的な形態が、以下のA~Jの点で共通している。

A 主柱を細長いパイプとし、全体の高さの下方寄りの部位からこれと同径のパイプの脚柱三本を三方向に等間隔に開脚し、床に設置するようにした点。

B 掛け杆を薄い細幅板状の先端部を弧状とした点。

C 掛け杆を主柱を介して水平状に左右各一本を取り付けた点。

D 掛け杆の板状部の通孔をその細幅と同幅の複数の径の円孔を等間隔に設け、その間に略鍵孔状の小孔を交互に穿った点。

E 物干し杆を傘の骨状の細長い棒状(断面I状)のものを先端にヘアピン状に屈曲した挟持部分を設けた点。

F 物干し杆多数を主柱を中心として放射状に等間隔に拡げた点。

G 物干し杆を嵌着した基部の下側を円盤様にした点。

H ストッパーを各基部のそれぞれの下に隣接して設けた点。

I 掛け杆の取付具の相対応させた取付片を主柱を跨いで挟んだ両片を板状体とし、その両片の各中央にピン(心棒)状のもので掛け杆を軸着した点。

J ストッパーを略短筒状に板状にしたレバー状のものを係着した点。

2  本願意匠と引用意匠の差異点についての審決の認定

審決は、本願意匠と引用意匠との差異点を以下のとおり認定している(前者が本願意匠、後者が引用意匠)。

a  主柱について

主柱を脚柱との接続部分から床面まで延長したか、否かの点。

b  掛け杆の断面形状について

I字状にしたか、T字状にしたかの点。

c  掛け杆の通孔について

円孔を6個、略鍵孔状の小孔を5個としたか、ほぼ同様の円孔を4個と先端にその円孔よりやや大きめの円い孔を穿ち、円孔位置より若干下方にずらした略鍵孔状の小孔を5個としたかの点。

d  物干し杆の基部について

上側を偏平逆漏斗形状、下側を逆突出筒状付きの円盤様としたか、下側を円盤様としたかの点。

e  脚柱の接続部分について

各脚柱を主柱に開閉自在に接続し、その上に偏平逆漏斗形状のカバーを主柱に通して覆い、下方に腕状支持具を配したか、主柱に通した接続具で脚柱の上端部分を覆うようにして接続したかの点。

f  掛け杆の取付具について

取付片の両片形状を先端半円状にしたか、方形状の下辺を僅かに斜めに切り欠いたかの点。

g  ストッパーのレバーハンドルについて

略S字状板にしたか、長方形板状としたかの点

h  物干し杆の先端のヘアピン状の内側の小さな円形状(円環)を設けたか、否かの点。

3  原告の主張の要点

(1)  審決は、両意匠の共通点として前記A~Jを挙げ、上記差異点a~hは、前記共通点の前では、いずれも、ほんのわずかな改変にすぎないか、あるいは本願のみの新規な形状とは認められない、と判断している。

しかし、これらA~Jの点は、引用意匠独自のものではなく、この種物干し具であれば具備している基本形態そのものであり、悉く引用意匠出願前に既に公知のものであるから、両意匠の類否を判断する材料として挙げるべきではない。

ちなみに、特許庁における過去の登録例をみても、意匠登録第500862号意匠(甲第3号証、以下「A意匠」という。)と、第723293号意匠(甲第4号証、以下「B意匠」という。)との関係で、A意匠の上段掛け杆が長い平板の上縁に多数の浅い凹部が形成されているのに対し、B意匠のそれは多数の孔(小形ハンガー掛合用の)が穿設されているとの点と、下段掛杆においてA意匠の先部にはクリップが形成されていないのに対し、B意匠には「つ字形」(ヘアピン状)のクリップが形成されているとの点から、B意匠はA意匠とは非類似とされた。

しかも、これらは、本願意匠と引用意匠の共通点であるA~Gを具備するものである。また、「つ字形」(ヘアピン状)クリップは登録第360592号意匠(甲第5号証)で既に公知であり、かつ、ハンガー掛合孔は登録第580293号意匠(甲第6号証)や登録第582306号意匠(甲第7号証)等にあり、何ら目新しいものではない。

これらの登録例からも、本願意匠は引用意匠と非類似といわざるをえない。

(2)  また、二段式スタンド物干し器の意匠について検討してみると、上記A意匠、B意匠以後に出願・登録され、これらとは別意匠(非類似)として登録された二段式スタンド物干し器の意匠としては、登録第733518号、同第755892号、同第563177号、同第773936号、同第646338号、同第640557号各意匠(甲第8~13号証)のものがある。

これらの各意匠と上記A意匠及びB意匠とを比較検討すると、

〈1〉 上段掛け杆の本数とハンガー掛け用孔の有無及びハンガー掛け用孔の数とその形状並びに掛け杆の断面形状及び枢着部の形状を含めた上段掛け杆の形状

〈2〉 下段物干し杆の本数と先端の形状並びに物干し杆の断面形状及び枢着部の形状を含めた下段物干し杆の形状

〈3〉 脚部の形状(ステー式か否か)の各構成要素を詳細に、そして個別的に検討した上で、甲第8~13号証の各意匠を別意匠と認定したものであることがわかる。

そして、以上のことから、二段式スタンド物干し器というありふれた商品においては、構成要素の機能からくる形状の差異が別意匠を構成するものであるということができるから、本願意匠を含めてこの種二段式スタンド物干し器の意匠上の要部認定は、公知意匠及び特許庁の審査の実情並びに以上の事情を考慮してされなければならない。

したがって、審決のいう「両意匠の共通点A~J」のほとんどが、この種物干し具においては「意匠の要部たりえない部分」であって、類否判断の物差しとなるものではないことは明らかである。

(3)  引用意匠の特徴、美感について

引用意匠の場合、その写真から明らかなように、そもそもが10本のハンガーを掛け杆の通孔にそれぞれ吊り下げた状態での意匠としてとらえるべきものであり、ハンガーを外した状態での意匠を引用すること自体、意匠は「使用状態でとらえるべきである」との前提から外れている。

仮に、あえてハンガーを外した状態で引用意匠をとらえた場合、掛け杆及び物干し杆並びに脚柱それぞれの基部形状にその特徴が認められ、これが看者をして「美感」なるものを形成させるものであり、武骨な、男性的イメージを与えるものである。

(4)  本願意匠の特徴、美感について

これに対し、本願意匠においては、これら掛け杆及び物干し杆並びに脚柱の基部形状は、いわば「都会的スマートさ、繊細さ、女性的」がそのイメージとなっているもので、引用意匠のそれと明らかに異質の美感を呈するものである。

(5)  審決は、これら両者の美感の差異を、「両意匠の基本的な形態及び具体的形態の共通点から奏する意匠的なまとまりを凌駕して別異の意匠を構成すると認められるほど著しいものではなく、両意匠は意匠全体として相互に類似するものというほかない。」として、創作者の創意工夫(デザイン)を全く省みないで、拒絶し去ったものであり、違法として取り消されるべきである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  意匠の創作は、新規の技術の開発により初めて出現した物品の場合には、その形態が全体の基本的形態及び各部の具体的形態のすべてについて、従来にない全く新規なものが創作される場合があるものの、既存の物品の場合には、従来先行する同種物品の形態を参考としつつ、部分的に公知意匠の一部形状を取り入れ、部分的に新規な形態を付加することにより、新たな意匠が創作されることがよく知られているところである。

この場合、その形態中に公知部分が含まれているとしても、意匠全体としては新規性等の登録要件を具備しているときは、意匠登録が可能であることも明白である。

そして、出願に係る意匠が先行する公知の引用意匠と類似するか否かの判断においては、両意匠に係る形態を比較して、出願意匠の中から、引用意匠と共通する点と、出願意匠独自の又は引用意匠にない差異点を抽出し、共通点と差異点のそれぞれについて意匠的観点に立って価値評価し、両者を全体の中で衡量して、いずれが優っているかを判断し、共通点が優っている場合には両意匠は類似とされ、反対の場合には非類似とされるものである。

また、出願意匠が意匠法3条1項に規定する登録要件を具備しているか否かの判断においては、出願意匠についてその形態のうち新規の部分が公知の部分を圧して、全体として登録に値する新規なものと認めるべきか否かの観点から行われるものであり、公知部分と新規部分を全体として衡量して判断されるのであるから、出願意匠と引用意匠の形態の共通部分が引用公知意匠の公知前にすでに公知であったとして、その公知部分を類否の判断材料から除かなければならないものとすると、公知部分が新規部分を圧している出願意匠が登録されることとなり、結果として本来登録に値しない意匠について意匠権が発生する事態となり、明らかに不合理である。

2  原告は、共通点A~Jのいずれもが引用意匠の出願前に公知であったと主張するが、引用意匠は出願のあったものではなく、また、その文献上の公知日以前において、A~Jのすべてが公知であったとは認められない。

また、原告主張の「この種物干し具であれば具備している基本形態」とは、どのようなものをいうのか明らかでないが、A~Jのすべてが、機能・構造上からくる必然的形態であるとはいえない。

3  原告は、「A意匠」と「B意匠」とが非類似とされたことを根拠に、本願意匠と引用意匠が非類似であると主張する。

しかし、A意匠とB意匠とを比較すると、少なくとも掛け杆、物干し杆及び脚柱の形態において明らかな差異がみられ、これらの差異が共通点を圧しているものであり、非類似とされることに何ら問題はないし、本件審決の判断とも整合するものであって、本件審決を誤りとする根拠にはならない。

また、原告は、その他の登録例(甲第8~13号証)を挙げて、これらを根拠に本願意匠と引用意匠が非類似であると主張するが、これらのものは、いずれも、A意匠及びB意匠と比較して、少なくとも二点の大きな差異を有するか、極めて大きな特徴的な一点の差異を有するか、あるいは特徴的な全体構成を有するものであって、いずれも差異点が顕著であって、共通点を凌駕するものであるから、登録されたものである。

よって、原告の主張はいずれも失当である。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  本願意匠と引用意匠との共通点及び差異点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

本願意匠と引用意匠の差異点について、審決が詳細に説示するところ(審決書9頁11行~14頁7行)は、両意匠の構成に照らせば、いずれも首肯するに足りるものであり、本件全証拠を検討しても、これを覆すに足りる資料はない。

そうである以上、本願意匠と引用意匠を全体的に観察した場合、両意匠の上記差異点は、微差というべきであり、これを総合しても、前示共通する両意匠の基本的な形態及び具体的な形態から生ずる意匠的なまとまりのうちにおいては、両意匠を別異の意匠として区別するに足りるほどの強い印象を見る者に与えるものとは認められないものというべきであり、本願意匠は引用意匠の類似の範囲を出ないものと認められる。審決が、「これらの差異点を総合しても、これらは、前記した両意匠の基本的な形態及び具体的な形態の共通点から奏する意匠的なまとまりを凌駕して別異の意匠を構成すると認められるほど著しいものではなく、両意匠は意匠全体として相互に類似するものというほかない」(審決書14頁7~12行)と判断したことは正当であるといわなければならない。

2  原告は、審決が両意匠の共通点として挙げたA~Jの各点は、悉く引用意匠の出願前公知のものであり、両意匠の類否を判断する材料として挙げるべきでない旨主張する。

しかし、上記のとおり、本願意匠と引用意匠を全体的に観察した場合、両意匠の上記差異点は、微差というべきであり、これを総合しても、前示共通する両意匠の基本的な形態及び具体的な形態から生ずる意匠的なまとまりのうちにおいては、両意匠を別異の意匠として区別するに足りるほどの強い印象を見る者に与えるものとは認められないものであるから、原告の主張するとおりにA~Jの各点が全て公知のものであるとすると、本願意匠もまた、公知の意匠に微差というべき点を加えたにすぎないところの意匠的創作のほとんどない意匠ということになって、このような意匠を保護することは、意匠法の本来予定するところではないといわなければならない。本願意匠がその意匠出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載された意匠である引用意匠に類似する以上、本願意匠が意匠登録を受けることができないことは明らかであり、原告の上記主張は失当である。

また、原告は、両意匠は、掛け杆及び物干し杆並びに脚柱それぞれの基部形状にその特徴があり、これにより美感を異にすると主張するが、前記のとおり、これらの差異は微差にすぎず、これによって両意匠を別異の意匠として区別するに足りるほどの強い印象を見る者に与えるものということができないのであって、これにより両意匠の美感に差異が生ずるものとは認められない。

原告は、ハンガーを取りはずしたものを引用意匠として本願意匠との類否を論ずるのは相当でないと主張するが、物干し器においては、ハンガーは容易に脱着可能であって、ハンガー等がなくとも、物干し器という独立の物品として存在しうるのであるから、ハンガーを除いた独立の物品である物干し器の意匠として把握した意匠を引用意匠とし、これと本願意匠との類否判断をした審決に誤りはない。

原告は、他の登録例を挙げて、審決の判断を論難するが、意匠の類比の判断は、個別具体的に引用意匠との対比においてされるものであるから、原告の主張は採用することができない。

3  以上によれば、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

平成1年審判第13995号

審決

大阪府八尾市南木の本2丁目46番地

請求人 キンシ化学工業 株式会社

東京都北区東十条5-10-1 井沢特許事務所

代理人弁理士 井沢洵

昭和61年 意匠登録願 第10979号「物干し器」拒絶査定に対する審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和61年3月26日に意匠法第4条第2項の適用を請求した意匠登録出願であって、願書の記載及び願書に添付された図面により現わされた意匠は、意匠に係る物品を「物干し器」とし、その形態を次に示すとおりとしたものである。

すなわち、全体の基本的な形態は、下方に三方に開く脚柱を設けた一本の垂直な主柱の上端部と中央部の二箇所を基部として各水平の支柱(枝状部)を設けて二段状の物干し部を形成したものであって、その具体的な形態は、主柱を細長いパイプとし、全体の高さの下方寄り(1/4弱)の部位からこれと同径のパイプの脚柱三本を三方向に等間隔に開脚し、これら4本で床に設置するようにしたものであり、各脚柱は、主柱に開閉自在に接続し(接続具は三方向のコの字状金具)、接続具には上から扁平逆漏斗形状のカバーで主柱に通して覆っており、その下方で腕状支持具を配している。一方主柱上端部の物干し部の支柱(以下、「掛け杆」という)は、薄い細幅板状の周縁にリブを設けた断面I字状で、全体は、その先端部を弧状とし、板状部には、等間隔に通孔を多数穿ったもので、その掛け杆は、主柱を介して水平状に左右各一本を取付たものであり、板状部の通孔は、その幅と同幅の径の円孔を先端と内側に、等間隔に計6個を設け、その間に略鍵孔状の小孔計5個を交互に穿ち、そして、主柱中央部の物干し部の支柱(以下、「物干し杆」という)は、傘の骨状の細長い棒状(側断面I状)のものを、主柱を中心として杆多数(25本)を放射状に等間隔に拡げ、その先端部にヘアピン状に屈曲した挟持部を設けている。なお、偏平逆漏斗形状(脚柱の上に接続具を覆ったカバーの形状とほぼ同形状)としている基部の下側には、逆突出筒状付きの円盤様(上側形状を更に偏平にした形状)のものを接合しており、ストッパーを各基部のそれぞれの下に隣接して設けている。更に仔細に観ると、掛け杆の取付具は、相対応させた取付片を主柱を跨いで挟んだ両片の先端を半円状にした板状体とし、全体を概略横長楕円形状として、両片のほぼ中央にピン(心棒)状のもので掛け杆の端部を軸着し、ストッパーは、略短筒状に略S字状板体のレバーハンドルを係着している。なお、掛け杆及び物干し杆は、上方に向かって折り畳み可能とし(但し、掛け杆及び物干し杆は、その際下方に移動できる。「折りたたんだ状態の右側面参考図」)、脚柱は、開閉可能としている。(別紙第一)

これに対し、原審で拒絶の理由として引用した意匠は、財団法人生活用品センター(東京都豊島区東池袋3-1-1 サンシャイン60 15階所在)において公知となった資料番号4799号(昭和60年9月2日受付 株式会社久宝プラスチック製作所)(特許庁意匠課資料係受入昭和61年4月11日)の写真版に現わされたハンガーを除いた意匠は、物干し器に係わり、その形態を次に示すとおりとしたものである。

すなわち、全体の基本的な形態は、下方に三方に開く脚柱を設けた一本の垂直な主柱の上端部と中央部の二箇所を基部として各水平の支柱(枝状部)を設けて二段状の物干し部を形成したものであって、その具体的な形態は、主柱を細長いパイプとし、全体の高さの下方寄り(1/4弱)の部位からこれと同径のパイプの脚柱三本を三方向に等間隔に開脚し、これら三本で床に設置するようにしたものであり、各脚柱は、主柱に接続具で脚柱の上端部分を覆うように接続し、一方主柱上端部の物干し部の支柱(以下、「掛け杆」という)は、薄い細幅板状の上辺から先端に回り込んでリブを設けた断面T字状で、全体は、その先端部を弧状とし、板状部に等間隔に通孔を多数穿ったもので、その掛け杆は、主柱を介して水平状に左右各一本を取付たものであり、板状部の通孔は、その幅と同幅の径の円孔を内側に、等間隔に計4個を設け、その間に円孔位置より若干下方にずらした略鍵孔状の小孔(板状部の円孔の下にハンガーを掛けた細幅通孔を設けて略鍵孔状とした通孔)計5個を交互に穿ち、先端には円孔よりやや大きめの円い孔を穿ったもので、主柱中央部の物干し部の支柱(以下、「物干し杆」という)は、傘の骨状の細長い棒状(側断面I状)のものを、主柱を中心として杆多数(20本)を放射状に等間隔に拡げ、その先端部にヘアピン状に屈曲した狭持部を設けている。なお、上側に物干し杆を嵌着した基部(写真版から詳細は不明)の下側には円盤様のものを接続している。ストッパーと推認されるもの(以下、ストッパーという)を各基部のそれぞれの下に隣接して設けている。更に仔細に観ると、掛け杆の取付具は、相対応させた取付片を主柱を跨いで挟んだ両片の方形状の下辺を僅かに斜めに切り欠いた板状体とし、全体を概略逆偏平五角形状として、両片のほぼ中央にピン(心棒)状のもので掛け杆の端部を軸着し、ストッパーは、略短筒状に長方形板状としたレバー状のものを係着し、物干し杆の先端のヘアピン状の内側に小さな円形状を設けている(別紙第二)。

そこで、本願の意匠と引用の意匠とを対比するに、両意匠は、意匠に係る物品が洗濯物を干す物干し器で共通し、形態において、下方に三方に開く脚柱を設けた一本の垂直な主柱の上端部と中央部の二箇所を基部として各水平の支柱(枝状部)を設けて二段状の物干し部を形成した全体の基本的な形態が共通する。更に、その具体的な形態において、主柱を細長いパイプとし、全体の高さの下方寄りの部位からこれと同径のパイプの脚柱三本を三方向に等間隔に開脚し、床に設置するようにした点、掛け杆を薄い細幅板状の先端部を弧状とした点、掛け杆を主柱を介して水平状に左右各一本を取付た点、掛け杆の板状部の通孔をその細幅と同幅の複数の円孔を等間隔に設け、その間に略鍵孔状の小孔を交互に穿った点、物干し杆を傘の骨状の細長い棒状(断面I状)のものを、先端にヘアピン状に屈曲した挟持部分を設けた点、物干し杆多数を主柱を中心として放射状に等間隔に拡げた点、物干し杆を嵌着した基部の下側を円盤様とした点、ストッパーを各基部のそれぞれの下に隣接して設けた点において共通し、更に仔細に観ると、掛け杆の取付具の相対応させた取付片を主柱を跨いで挟んだ両片を板状体とし、その両片の各中央にピン(心棒)状のもので掛け杆を軸着した点、ストッパーを略短筒状に板状にしたレバー状のものを係着した点においても共通する。一方、主柱について、主柱を脚柱との接続部分から床面まで延長したか、否かの点、掛け杆の断面形状について、I字状にしたか、T字状にしたかの点、掛け杆の通孔について、本願の意匠は、円孔を6個、略鍵孔状の小孔を5個としたのに対して、引用の意匠は、ほぼ同様の円孔を4個と先端にその円孔よりやや大きめの円い孔を穿ち、円孔位置より若干下方にずらした略鍵孔状の小孔を5個とした点、物干し杆の基部について、本願の意匠は、上側を偏平逆漏斗形状、下側を逆突出筒状付きの円盤様としたのに対して、引用の意匠は、下側を円盤様とした点、脚柱の接続部分について、本願の意匠は、各脚柱を主柱に開閉自在に接続し、その上に偏平逆漏斗形状のカバーを主柱に通して覆い、下方に腕状支持具を配したのに対して、引用の意匠は、主柱に通した接続具で脚柱の上端部分を覆うようにして接続した点に差異が認められる。更に仔細に観ると、掛け杆の取付具について、取付片の両片形状を先端半円状にしたか、方形状の下辺を僅かに斜めに切り欠いたかの点、ストッパーのレバーハンドルについて、略S字状板にしたか、長方形板状としたかの点に差異がある。その他、請求人が主張する物干し杆の先端のヘアピン状の内側に設けられた小さな円形状(請求人は円環という)についても差異が認められる。また、本願の意匠は、掛け杆及び物干し杆ともに上方に折り畳み可能とし、脚柱を開閉可能としたのに対して、引用の意匠には、説明がなく、写真版から詳細は不明である。

以上の共通点、差異点を総合して、両意匠を全体として検討するに、差異点のうち、主柱を脚柱の接続部分の下方まで延長した点は、両意匠が主柱を細長いパイプとし、全体の高さの下方寄りのところから主柱と同径のパイプにした脚柱を三方向に等間隔に開脚した共通点の前では、主柱の下端を脚柱接続部分から下方にどの程度延長するかは、ほんの僅かな改変にしかすぎず、掛け杆の断面形状を、I字状か、T字状か、細長い板状部に円孔を6個としたか、ほぼ同様の円孔を5個(先端のやや大きめの円孔1個含む)としたか及び略鍵孔状の小孔を円孔位置より若干下方にずらしたか否かの各点は、両意匠ともに掛け杆を先端部を弧状の薄い細幅板状とし、その板状部に、ほぼ同様の径の円孔を等間隔に設け、その間に略鍵孔状の小孔を交互に穿った共通する形態のなかに吸収される程度の微差にしかすぎず、本願の意匠のように板状部の周縁にリブを設け、円孔及び略鍵孔状の孔を一列に並べたそれぞれの点は、出願前より通常行われている範囲のものの改変にしかすぎず、本願のみの特徴ある新規な形状とは認められず、主柱を中心として放射状に拡げた物干し杆の数の差異点については、両意匠の物干し杆を傘の骨状の細長い棒状とし、ヘアピン状の挟持部分を同様に設け、それを多数放射状に拡げた共通点の中では、数本の差異があったとしても、多数の中の数本の差異であり、ほんの僅かな変更の範囲にしかすぎないものであり、物干し杆の基部を本願の意匠は、偏平逆漏斗形状とした基部の下側を逆突出筒状付き円盤様としたのに対して、引用の意匠は、物干し杆を嵌着した基部の下側を円盤様のものとした点は、主柱に挿通支持するために突出した筒状部分を設けたか否かの差異であり、ともに上側に物干し杆を嵌着し、拡げた物干し杆を開脚規制するために下側を円盤様にした基本的な形態で共通し、主柱等に挿通支持するために突出筒状部分を設けることが通常行われていることを勘案すれば、本願の意匠のみの特徴ある新規な形態とも認められない。また、ストッパーのレバーハンドルを略S字状板体にしたか、長方形板状としたかの点は、長方形板状体を緩やかなS字状に湾曲させたか否かの差異であり、ともに略短筒状に板状のレバーハンドルを係着した共通点の前では、僅かな差異にしかすぎず、脚柱の接続部分を本願の意匠は、接続具の上に偏平逆漏斗形状のカバーを主柱に通して覆ったのに対して、引用の意匠は、主柱に通した接続具で脚柱の上部分を覆うように接続した点は、脚柱の接続具と脚柱の開脚規制のための覆いとを別にするか、一体化するかの差異にすぎず、ともに接続し、かつ主柱に通して、その部分を覆っている点では共通しており、その差異は、この種分野で通常行われている僅かな変更の範囲を越えて際だつものでもなく、また、その下方に腕状支持具を配したか否かについては、脚柱付き主柱の物干し器において、支持具の有無は、従来から類否の判断に影響を及ぼすほどのものとは言えず、本願の意匠のように通常見られるような支持具の形状では、本願のみの新規な特徴あるものとも認められない。更に仔細に観ると、掛け杆の取付片の両片を、先端を半円状としたか、方形状の下辺を僅かに斜めに切り欠いたかの点は、両意匠が主柱に掛け杆を挟持する取付片を相対応させ、ピン状のもので軸着した共通点から観た場合には、ほんの僅かな差異にしかすぎず、その他、請求人が主張する物干し杆の先端のヘアピン状の内側の小さな円形状を設けたか、否かの差異は、両意匠の物干し杆の共通する形状の前では、ほんの仔細な差異にしかすぎないものと認められる。そして、掛け杆及び物干し杆ともに収納時に上方に折り畳み可能、脚柱を開閉可能とした点については、引用の意匠は、写真版のみで説明がないため明確ではないが、各基部の下に隣接してストッパーを設けていることから、主柱上の任意の位置に杆を固定することが可能と推定され、掛け杆の取付具は取付片の両片をピン状のもので掛け杆端部を軸支していることから折り畳み可能と推定され、物干し杆基部の下側を水平状に拡げた物干し杆の開杆支持のために円盤様の形状にしたこと、更に床設置用の二段状の物干し器においては、使用しない時には折り畳み収納可能とすることが通常行われていることから、折り畳み可能と理解するのが自然である。また、物干し器として観た場合、各杆及び脚柱を拡げた使用時の態様がその物干し器の機能・特徴を最もよく現わしており、両意匠の場合には、使用時の形態において類否を検討することが妥当と認められ、更にこの種分野の二段状にした物干し器においては、従来より、主柱、脚柱の形態及び掛け杆、物干し杆の形態及び構成がその特徴を左右し、各取付具、基部及びストッパーの形態は、従に控えるものとなり、両意匠のように基本的な形態において共通し、主柱、脚柱、掛け杆及び物干し杆の各共通する点のなかでは、各取付具、基部及びストッパーのそれぞれの形態の差異が類否に与える影響は小さく微弱なものというしかない。その他の差異点は、いずれも共通する具体的な形態の一部についての部分的な差異にすぎず、そうしてこれらの差異点を総合しても、これらは、前記した両意匠の基本的な形態及び具体的な形態の共通点から奏する意匠的なまとまりを凌駕して別異の意匠を構成すると認められるほど著しいものではなく、両意匠は意匠全体として相互に類似するものというほかない。

以上の通りであって、本願の意匠は、出願前に頒布された刊行物に記載された意匠に類似し、意匠法第3条第1項第3号に該当するものであるから、意匠登録の要件を具備せず意匠登録を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成6年5月20日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

別紙第一 本願の意匠

意匠に係る物品 物干し器

〈省略〉

別紙第二 引用の意匠

〈省略〉

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